| 小田急バス関連分室 |
小田急バスは下北沢付近の路線の開業に成功し、また武蔵野乗合自動車が調布〜柿生間の運行実績をもっていたことから柿生付近までを事業エリアにすることが可能になりました。その後路線網の拡充に努め、武蔵境駅〜東京駅線も京王・都営が手を引いた後武蔵境駅〜新宿駅間を引き続き今日の[宿44]として運行するなど、昭和40年代の系統整理の後は路線の維持新設に積極的です。[鷹51]の三鷹駅〜天文台前〜大沢コミュニティセンター系統を、大方の予想を裏切り三鷹駅=天文台/〜電通大〜調布駅/←調布飛行場(朝の上りのみ)と延長(2001年)しましたが、もとをたどれば(渋谷駅〜)農大前〜向ヶ丘遊園駅北口系統である[渋25]系統は1999年10月11日限りで廃止となりました。
小田急バスでは車椅子リフト・補助ステップ付き日野リエッセを導入して既存路線[境94]を三鷹駅〜塚〜三鷹市役所〜北野系統に再編成しました(98年11月)が、三鷹市内にも現行の路線バス網をもってもバス過疎地区があることは確かで、三鷹台駅方面は2000年5月末に当初の計画通り開業し、竜源寺・調布飛行場方面への路線も2001年春開業、ヴェルディかFC東京かいやどっちも入った東京スタジアムへの、イベント開催時直通バスも運行していますが、飛田給駅乗り入れは京王バスだけ、代わりに直通バスは狛江駅からも運行しています。(なお同社は上石原〜府中間の甲州街道上の路線を走らせていたことがあり、三鷹駅〜朝日町・車返団地へという路線も現存するので、エリア拡張にはなりません。)
武蔵野市境南町地区のムーバスは、武蔵野市内に2つ営業所がある小田急バスが手がけることになり、2000年11月26日から運行を開始しました。
1999年12月から翌年1月の期間には世田谷区北西部でのバス実験運行(約2ヶ月間路線バスを運行し、利用実態調査・交通量調査・大気汚染調査を並行して行う)に参加し、2001年6月路線バス[成06]として開業しています。
また、稲城市の循環バスも同社が引き受けることになり、2001年10月〜11月の2ヶ月間の試験運行の後、2002年4月30日再び吉祥寺から7mエルガミオを借用して本運行を開始しました。
同社は沿線の工場通勤輸送を考慮し?昭和35年から吉祥寺駅/三鷹駅発の最終23時40分のバスを走らせる《吉祥寺駅発については一時中断した模様》など、ダイヤについては種々の工夫を重ねてきています。(もっとも、渋滞からは逃れられませんが…)1987年の全車冷房化達成も、東京の私営バスとしては早いほうでしょう。
乗って運転席を見回すと、日本一大きい?運転士用仕業時刻表(最近は他社にも大きいのがある)が目に入ります。彼の乗務とバスの遅れ具合がよくわかります。(あまりじろじろ見ないで下さいネ…)
一部の路線を除けば大型車が当たり前だった小田急バスですが、ふそうMKに次いでいすゞエルガミオ中型車が若林営業所に導入されました。この結果、いすゞ車が全営業所、ふそう車が生田以外の5営業所への配置となりました。エルガミオは7m車も導入され、主に吉祥寺営業所管内で使用されてます。
前述[成06]はMJノンステCNGバスで運行してますが、車両価格が高いので2両での開業となり、残り2両は9月増備しました。さらにジブリ美術館関連の新路線が仲間入りしたみたかシティバスでは日野リエッセを導入し、武蔵境のムーバス、そして稲城市循環バスもリエッセです。エルガは大型半室ノンステップが若林(シティ世田谷)以外に配属されています。
「小田急バス」の発祥の路線といえそうなのが下北沢〜駒沢陸橋間の[下61]系統です。前身と思われる三軒茶屋〜幡ヶ谷間の路線は昭和25年11月の開業だったそうです。同路線もMKに次いでエルガミオが走るようになってしまいました。今年も下北沢の「バスの日イベント」に大勢のお客様を運んでくれますよう…
仙川経由の調布〜成城間の路線ができたのは昭和45年頃でした。3番目の画像にある仙川駅入口〜若葉町間などの道路の狭さがネックになって、経堂〜仙川線の撤退後は仙川駅から南東方面のバス路線がありませんでした。
小田急バスでは、調布側の強い要請、いすゞのナローバスシリーズ(BA01Nなど)の市販などをにらみ、BA05N20台※を投入してこの路線の開業にこぎつけました。(※→成城〜千歳船橋線などの分も含む)
この結果成城〜仙川という短絡ルートが確立し、使用車両が小さいこともあって成城〜仙川〜狛江営業所間はその後増発され、深夜バスも設定されています。
さらに小田急線高架複々線化とあいまって狛江駅北口再開発事業が一段落付いたため、狛江営業所行きのバスを一部狛江駅行きに変更して運行することになりました。
自前の画像は横手へ行かないと撮れなかったECM430(狛江時代の車号不明)
エルガミオでないワンステLR
小田急バスの世田谷通り長距離系統の一環で、もとをたどれば向ヶ丘遊園行きだった渋谷駅〜狛江駅線ですが、渋谷〜調布系統が15分間隔から東急撤退で30分間隔となったのと同様に1時間間隔になってしまい、さらに1日6〜9本になってしまいましたが、調布〜渋谷系統の狛江駅北口乗り入れを機に結局は廃止となりました。
末期は主に中型車で運行され、農大前から渋谷駅まで行こうとした時にD348だったか[渋25]の中型車がやってきてびっくりした記憶があります。
単純に来た[渋25]に乗ればガラガラとは限らないのですが、渋谷〜狛江駅南口間自体の利用は少なく、[渋26][渋24]に代行されたのは止むを得ないところだと考えます。
ところで、小田急バスを語るに欠かせないのが、ウェブサイト小田急バス私設ファンクラブでしょう。このサイトでは掲載不能な古い画像も豊富です。
小田急バス私設ファンクラブ入口
おまけ画像。町田営業所の貸切?車
参考資料:小田急バス40年史、武蔵野町史 東京朝日新聞復刻縮刷版 ほか
| 武相総合旅客自動車研究室 |